距離の制約を超えて、人と人、人と空間をつなぎ、あたかも同じ空間にいるような自然なコミュニケーションができる、MUSVIのテレプレゼンスシステム「窓」。その導入の輪は、業種・業態や規模を問わず、様々な企業・団体へと広がってきています。
今回お話を伺ったのは、建設業界のリーディングカンパニーである鹿島建設様です。2018年にスタートした“建設DX”の取り組み、「鹿島スマート生産」の一環で「窓」を導入いただきました。
設置場所は、同プロジェクトのモデル現場である「(仮称)大宮桜木町1丁目計画」。JR・東武・埼玉新都市交通「大宮」駅に程近い現場で、約500メートル離れた工事現場と事務所との間をつなぎました。
より安全に、より効率良く、より品質高く――多くのプロフェッショナルが集まって大きなものづくりに臨む建設現場において、「窓」はどのように貢献できたのでしょうか。
2023年5月に竣工を迎えた同現場を統括した、所長の峰廣大雅様にお話を伺いました。
【今回お話を伺った方】
鹿島建設株式会社 関東支店
(仮称)大宮桜木町1丁目計画工事事務所
峰廣大雅様
たった500メートルの距離でも、コミュニケーションの障壁になり得る
― 今回、「窓」を導入いただいた経緯をお聞かせください。
ここ「(仮称)大宮桜木町1丁目計画」は、鹿島建設が推し進める「鹿島スマート生産 (注1)」のモデル現場です。施工管理のデジタル化、施工ロボットとの協働など、建築生産のスマート化を目指す様々な取り組みを行っています。「窓」も、その一環で導入に至りました。
つないだのは、現場管理に関わるメンバーが詰める事務所と、実際に工事が行われている現場の2地点。2021年10月~2022年12月の15ヵ月間、期間中は午前7時~午後7時の12時間、常時接続していました。
事務所は、現場の敷地内に建てる仮設ハウスの中に置くことがほとんどです。現場と事務所の間では報告・連絡・相談のやりとりが飛び交い、何かあれば事務所から現場にすぐに駆け付けることができます。
しかし、今回は敷地が狭くスペースが確保できなかったため、現場から500メートルほど離れた場所に事務所を設置せざるを得なかったのです。
現場と事務所が離れていると、担当者は基本的に現場に行ったきりになり、事務所からはどうしても足が遠のきます。丸一日、顔を合わせないことも珍しくありません。
離れているとはいえ500メートルですから、もちろん歩いて行けないことはありませんが、たったそれだけの距離でもコミュニケーションの障壁になり得るのです。
必要な連絡は携帯電話で取り合うこともできますが、現場の様子まではなかなか伝わってきませんし、「同じ現場で仕事をしている」雰囲気も生まれません。
そんな状況を解決できる手段はないかと考えていたところ、本社デジタル推進室から紹介されたのが「窓」でした。
― 離れた場所同士をつなぐ手段には様々なものがありますが、その中で「窓」を選んでくださった決め手はどのようなものだったのでしょうか。
デジタル推進室から話を聞き、プロダクトの紹介動画を見て、「面白そうだな」という感想を持ちました。具体的にどう活かせるかはわかりませんでしたが、まずは一度使ってみたいと思ったのです。
現場と事務所の間に、同じ空間で仕事をしているような雰囲気をつくりたいと考えていたので、「等身大の映像」と「臨場感のある音声」に魅力を感じました。
現場管理においては、特に「音」が大切です。職人さんの声、重機が動く音……事務所が現場の敷地内にあれば、一日中、絶えず色々な音が聞こえてきます。音から変化を察知して、様子を見に行くことも多いです。
「窓」のおかげで、現場から離れていてもそうした音が聞こえる状態をつくることができました。あまりにクリアに音を拾うので、会議中などは「しばらく音声を切っておこうか」なんてこともありましたね(笑)。
注1:鹿島スマート生産
鹿島建設が推進する“建設DX”プロジェクト。「作業の半分はロボットと」「管理の半分は遠隔で」「全てのプロセスをデジタルに」の3つのコアコンセプトに基づき、(仮称)大宮桜木町1丁目計画では「働き方改革」「品質管理」「BIM(Building Information Modeling)活用」「連携・情報発信」「安全管理」「ロボット活用」の6つの切り口から多角的な取り組みを進めている。「窓」は、「連携・情報発信」の一環で導入に至った。
「デジタル化」「DX」ありきではなく、より良い建築生産のためにできることを考える
― 鹿島スマート生産のモデル現場として、「窓」の導入以外にも様々な取り組みを進められたそうですね。
2024年4月の時間外労働時間の上限規制(注2)に向けて、生産性向上・施工品質向上・働き方改革の実現を目指し、多角的な取り組みを行いました。
新しいテクノロジーやデバイスも多く取り入れていて、例えば
・本社や協力会社との連携を強化するリモート会議システム
・定点カメラで現場の状況をモニタリングするリアルタイム現場管理システム
・施工管理に必要な情報を一覧表示できるマルチプロジェクター
・タッチ式デバイスを用いた、ペーパーレス図面チェック
などが挙げられます。
現場運営の生産性を高めて労務時間を短縮すると同時に、より安全で品質の高い建築生産を実現することが急務となっています。
― 「デジタル化」「スマート化」「DX」……これらのキーワードを掲げた改革があらゆる業界で進められていますが、そうした新しいお取り組みに苦労されることも多かったのではないでしょうか。
「デジタル化」「スマート化」「DX」といったことを、特別に意識しているわけではないんです。「こういうことができたらいいな」という発想は、誰にでもありますよね。それを実現する手段として良さそうなものがあれば使ってみる、というシンプルな話だと捉えています。
私たちの仕事は、良い建物をつくることに尽きます。昨今ではそこに、さらなる安全性や効率性という視点が加わってきているという認識です。
最新の技術や機器ありきではなく、「建設業務にとってより良いことは何か?」「自分はどのように仕事をしていきたいか?」を起点に考えていたので、「デジタル化しなければ!」というような気負いはあまりありませんでした。
※注2:時間外労働時間の上限規制
2019年4月に施行された「働き方改革関連法」により、時間外労働の上限規制が順次適用されている。建設業は適用に5年間の猶予が与えられていたが、2024年4月からは罰則付きの上限規制がスタートする。
「ただ、つながっている」ことに意味があった
― ペーパーレス化なら「どれだけ紙を削減できたか」、リアルタイム現場管理システムなら「どれだけ業務時間を短縮できたか」といった具合に、定量的な成果を可視化することができます。一方「窓」の活用は、定量的な成果を示すのが難しく、こうした取り組みはともすると優先順位が下がりがちだと思うのですが…。
語弊を恐れずに言えば、「窓」にはそうした定量的な成果は望んでいませんでした。
導入当初こそ、「現場に行かなくても担当者とコミュニケーションをとれるようになって、移動時間の削減、労務時間の短縮につなげられるのでは」という期待もありましたし、「導入したからには、積極的に活用しなければ!」とも思っていました。
しかし、実は少し経ってから「活用しよう」と思うのをやめたんですよ。
離れた場所が、まるで隣の部屋のように、自然にそこに在る。「窓」が実現してくれるのは、そういうことなのだと理解したんです。
だから、不自然に「窓」の前に立ってみたり、無理に会話したりする必要はないと思いました。
「今、何をしているかな」と時々覗いてみたり、覗いていたら向こうが気づいてくれたり。担当者が「窓」の前に来たときに声をかけてみたり、ずっと姿が見えなかったら「何かあったのかな?」と察したり。
そんなふうに現場の様子が垣間見えるだけでも責任者としては安心できますし、現場管理上、非常に大きな意味があります。率直に、導入して良かったと感じています。
― 離れたところにある現場が、まるで隣り合った部屋のようにそこにある。その状態に意味を感じてくださったのですね。
そうですね。「これをチェックしたい」「こういうコミュニケーションをとりたい」といった具体的な目的はなく、ただつながっていて、お互いの状況がわかるということに大きな意味があると感じました。
中には「ずっと見られている」感じがして、何となく居心地の悪さを感じる人もいたようですが、それは同じ空間にいたとしてもあり得ることで、仕方がないかなと。
もしかすると、もう少し広範囲を映して、お互いの空間を「景色」のように見られるようになると、より抵抗感が軽減されるかもしれませんね。
建築生産に関わる、すべての関係者がつながる未来
― 「わが社もDXを進めなければ!このツールを導入したので、今日から活用するように!」……こうしたトップダウンのDXが現場にとって負担になり、プロジェクトが頓挫してしまうケースは少なくありません。せっかく導入したツールはいつの間にか使われなくなり、思い描いていた前向きな変化は起こらず、DXへの苦手意識だけが残る……そんな負の連鎖が起こりがちなのが実情です。峰廣さんがこうしたお取り組みを進める際に、気をつけていることはありますか。
「デジタル化」「DX」を特別視するがゆえ、苦手意識を持つのはもったいないですよね。まずは、興味を持って向き合うことが大事なのではないかと考えています。
今回、モデル現場として様々な技術・機器を導入しましたが、導入にあたっては多かれ少なかれ現場担当者に負担がかかるのは確かです。
ある程度は受け入れてもらうしかないものの、ゼロから丸投げするのは避けたい、できるだけ私自身が試してみて「使える」と実感したものを現場に渡していきたいという考えで進めてきました。
どんな優れたツールも、使われなければ“宝の持ち腐れ”です。日々の業務に前向きに取り入れられるよう、道筋をつける工夫は必要だと改めて実感しました。
― 「(仮称)大宮桜木町1丁目計画」は5月に竣工を迎えられましたが、建築生産のスマート化のお取り組みは、今後も様々な現場で続いていくかと思います。峰廣さんがこれからチャレンジしたいことはありますか。
他の現場でも、「窓」を使ってみたいと思っています。今回のように敷地内に事務所を設置することができない現場はもちろん、広大な敷地の現場や、山岳地などの土木現場などでも効果が期待できるのではないでしょうか。
現場と事務所だけでなく、本社・支店、設計事務所、協力会社、施主といった、建築生産に関わるあらゆる関係者を、まるで隣り合った部屋にいるかのようにつなぐこともできますよね。
建築生産は、様々な専門性を持つプロフェッショナルが集まり、数々の困難を乗り越えながら一つの大きな目的へと向かっていくプロジェクトです。そこでは、あらゆる関係者の意思疎通と連携が欠かせません。
互いにつながり、「同じ現場で働く仲間」の感覚を強めることは、単なる精神論ではなく、ものづくりの成果を最大化するために重要なことと言えます。「窓」はそれをサポートするツールとして、今後も様々な現場で活躍してくれるのではと期待しています。
― ありがとうございました。